「澪」 22号合評会を開催しました

2023年11月26日、澪22号の合評会が編集長以下4名の同人の出席の下に開催されました。

各人の作品についての濃密な議論が交わされ、私の作品についても有益なアドバイスをいただきました。

私は毎回フォトエッセーを投稿しておりますが、インドの写真をもとにしたエッセーについて、高邁な議論でなくて良いから自分がどう思ったか、何を感じたか、生のままで良いから表出すべきとの指摘があり、その通りだと思いました。

また、最後のインド人の幼い兄妹の写真を撮った際に、「貴方はこの写真を撮った時に、相手に対して何らかの不安、恐怖を与えた自覚はあるか、もしあったとしたら、あなたは相手の人生に対して何らかのコミットをしたことになることを自覚すべきです」と言う指摘を頂きました。写真を撮るということは、そのような重みをもつ場合があることに気付かされました。

(ん)

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22号のエッセー『石渡先生は今何処』について

 これは実話です。もう何十年も以前のことなのに、まるで昨日のことのように鮮度衰えず私の脳裏に蘇ってくる思い出なのです。小学校の四年生という多感な時期であったから余計なのかもしれませんが、この事実は私にとって生涯忘れられない記憶の大きな断片です。

 石渡先生との出来事を思い出すのに全く時間はかかりませんでした。すらすらと書き進めてゆけたのです。極端に言えば一週間前に起こった出来事でも人はとるに足らないと思うと、すぐに自分の記憶から削除し、ごみ箱に入れてしまいます。実は、教師であった母と私のやり取りも書いたのですが、推敲中にその部分をばっさりと切りました。私、母、石渡先生の三者が出てくると、テーマが薄まるような気がしたからです。今回も文章量の判断の難しさを知りました。ともあれ、誰にでもある忘れられない記憶、それが書きたかったのです。

(石渡)

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澪22号が出来上がりました

 いつもフォトエッセーを書かせて頂いていますが今回もインド物の続きです。フォトエッセーと言う触れ込みなので、写真と文章のハイブリッドな構成により、表現の相乗効果を狙うべきところではありますが、出来上がったものをしみじみと眺めてみると、写真の諧調は、これまでになく繊細に再現できました。これが何によるものか、わかりません。また、これが本当に自分の意図した程度のインパクトを持ったものかもわかりません。読者諸氏がどう見られるかにお任せしたいと思います。文章についても他の同人諸氏のものと比べて突き詰め方が浅く、1ページ内に写真と付随する文章で、叙述を完結させるということと併せて難しいものだと実感しています。

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2023年10月(ん)

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Photograph 「A Dancing」

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(この写真をクリックすると拡大できます。)

 22号は約1か月発行が遅れてしまいました。
読者の方々には、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
今回のPhotographには女性のポートレートをアップします。
彼女には、ブログに掲載する許諾をいただいています。

(石渡)

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